2013年2月12日火曜日

急加速の呪縛

ブルーバックスから情報理論の入門書が出たというので,読んでみた。


著者の高岡さんのことはあまりよく存じ上げないが,一般向けの情報理論の解説本みたいなものってほとんどないので,この本の存在価値はそれなりに高いと思う。内容も,情報源符号化と通信路符号化を2本柱にして,一般読者向けにかなり咀嚼して書かれていると思う。

個人的には,ストーリーが練り切れていなくて,話があっちに飛んだりこっちに飛んだりするように感じるところが気にはなったけれども,たとえ話の類の中には,授業なんかで使えそうなものもいくつか見つかったので,まぁ,なるほどと思ったりもした。

だけどだよ。やっぱり,アレなんだよな。なんていうか,越えようにも越えられないハードルみたいなものってあるんだなぁ,という印象を抱いたことも事実。

本の導入の部分は決して悪くない。かなり噛み砕いて,幅広い読者が十分にフォローできる出だしだなぁと思って読んでた。ところが,あるところから,ギアがクッと上がるんだな。

たとえば,英文におけるアルファベットのエントロピーを例に挙げたマルコフ情報源のくだりなんかはシャノンの原著や Cover & Thomas に忠実な記述になっているけれども,それまでのマイルドな語り口調がちょっと硬くなってしまったような印象がある。この辺で,少し置いてけぼり感を覚える読者はいるはずだ。

それに符号木と語頭符号のところも気になった。符号木の葉にすべての情報源シンボルが割り当てられれば,語頭符号になるってのは,よーーく考えると理解できるけれども,意外とあっさり書いてあるもんで,数行の説明からきちんと理解するのは,読者にかなりの負担を強いると思う。

さらには,相互情報量の説明も,かなり丁寧になされている印象はあるが,同じロジックを繰り返すばかりで,そこに引っかかってしまった読者は蟻地獄から抜け切れないような危険性があるようにも思われる。

…と,こんな書き方をしてしまうと,すごく批判的に語っているように思うかもしれないけれど,これってある程度は仕方がないんだよなぁ,とも思う。僕も情報理論の教科書を書かせてもらったけれど,本全体を通して,難易度のレベルや語り口のトーンを一定に保とうと思っても,なかなか難しくて,ある章はすごく丁寧で易しいのに,ある章はすごくぶっ飛ばして思いっきりギアが上がってしまった部分もある。(ちなみに,高岡さんの本の中に「エントロピーや情報量という話から始めている教科書が圧倒的に多い」 というくだりがあるが,これは拙著にもモロに当てはまる。というか,僕の本の場合は,特に顕著だという話もある… (^^;)

ほかの情報理論の教科書なんかを読んでも同じような印象を持つことは少なくない。

これって,何なんだろうなぁ。やっぱり,学問的な特性上,どこかでクッと高速に上げないと,その先に行けないようなハードルがあるんだろうかねぇ。必ずしもそんなこともないと思うんだけどなぁ。

そーーーっとアクセルを踏んで,ギアを少しずつ上げていって,気が付いたらスピードが上がってた,みたいな書き方が理想なんだろうけど,言うは易し…ってことなのかなぁ。

…とまぁ,そんな感想を抱いたというわけ。ただ,この本は,その難しいところにチャレンジしていて,少なからず成功している部分もあるわけで,その意味で,著者の高岡さんには敬意を表したい。さっきも書いたけれど,授業の小ネタに使えそうな下りも多いし。

とりあえず,中学生(にはちょい難しいか?)や高校生,ちょっとコンピュータに興味がある高齢の方,なんかが読んでどんな感想を抱いたのか,ってのは知りたいなぁ,と思う。

いずれにせよ,若い世代に情報理論の面白さや意味するところを伝えるための一助として,存在意義は十分にあると思う。理論研究と浮世の間をつなぐのりしろとして,こういう試みは悪くないし,我々が自らの語り口や教え方を改めて考え直すための触媒にもなるよね。

教育的見地からすると,こういう問題意識を共有して議論することこそ,重要なんだろうな。

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