2012年2月5日日曜日

久々の映画漬け

銀座ブロッサムで行なわれた第85回キネマ旬報ベストテン第1位映画鑑賞会と表彰式に行ってきた。ここ数年は仕事と重なったりで参加できなかったので,3 年ぶり。


キネ旬ベストテンはアメリカのアカデミー賞よりも 1 回多いということで非常に歴史ある映画賞。選考の公平性を考えても非常に権威のある賞であると言われている。

ということで,今日観た映画の感想など,少しずつ記すことにする。

1. 文化映画第1位「大丈夫。―小児科医・細谷亮太のコトバ―」(伊勢真一監督)

この映画は小児がんの治療に携わっている聖路加国際病院の細谷医師の様子と,彼がリーダーを務める小児がん患者のキャンプを 10 年にわたって追ったドキュメンタリー。ドキュメンタリー映画にはいたずらに饒舌になるものもあったりするが,この映画は真逆。時折差し込まれる細谷医師による俳句と印象的なイメージカットが効果的で,見ている者にじっくりと思いを巡らす時間を与えてくれる。それはちょうど限られた字数で表現された俳句を吟味するのに似ている。題材の力強さもさることながら,それを1本の映画に仕上げた伊勢監督の手腕は賞賛に値すると思う。小児がんが治癒するケースが増えているとは言え,難しい病気であることに変わりはなく,毎日毎日,命と向き合うことの重さが心にのしかかってくる。一応,人間と向き合う職業に就いている者として,背筋がピンと伸びる思いがした。

2. 外国映画第1位「ゴーストライター」(ロマン・ポランスキー監督)

この作品は一昨年,オーストラリアの映画館で観たので,これが 2 回目。当時も思ったことだが,すっかり忘れていた。この映画は僕の今の研究テーマと関係がないとも言えない。そう言えば,授業やゼミの題材になるかなぁ,と思ったんだった。(ここから先はネタばれになります。)この作品のオチはある種の情報ハイディングになっている。情報隠ぺいの手段としては非常に稚拙なんだが,典型的な事例の一つとしては興味深い。ちょうど,昨日,4 年生にこんな話をしたところだったし。その意味で,ウチの研究室の学生たちには一度見てほしい作品である。個人的にはポランスキーは好きな監督の一人で,少しダークで,よじれた感じのサスペンスは彼ならでは。そんな意味で,この作品が 1 位になったのは少しうれしい驚きではある。

3. 日本映画第1位「一枚のハガキ」(新藤兼人監督)

御歳 99 歳の新藤監督最新作にして,自称「遺作」。いやぁ,ご自身の戦争体験を基にした作品で,ともすると重たいテーマになりがちなところだが,軽いタッチで笑い飛ばす悲喜劇に仕上げているところはさすが。さすが,というか,これが 4 月で 100 歳を迎える人の作品であることがある種の驚き。遺作などとと言わず,まだ撮ってほしいという気にさせる。かのベルクソンが『笑い』の中で指摘したような「繰返し」によるおかしみなど,その手法は極めてオーソドックスだ。しかし,大竹しのぶ,豊川悦司,大杉漣を始めとする錚々たる演技陣も物語を強力にサポートするし,時折フィックスとなる構図が舞台劇のようなピーンと張り詰めた緊張感を醸し出す。この緊張と弛緩のコントラストが,また違ったおかしみを生む。奇をてらわずとも他を圧倒的に凌駕する傑作を生み出すことができるのだ。まさに名人芸と呼ぶにふさわしい。いや,恐れ入りました。


上映終了後,夕方からは各賞の表彰式が行なわれた。今年はこれも非常に印象的だったと思う。その理由は三つ。一つは,日本映画ベストワンの監督,99 歳の新藤兼人監督が表彰式に出席されたこと。ご本人はもう映画は撮れないなどとおっしゃっていたが,いや,この作品を見ると,映画ファンは欲張りにならざるを得ない。二つ目は,金大中事件を題材にした 10 年前の作品『KT』で脚本を現場で直してしまったことが原因で,その後「犬猿の仲」と言われていた阪本順治監督と脚本家の荒井晴彦氏が共同脚本で脚本賞を受賞し,二人揃って授賞式に出席したことだ。なじみの呑み屋が一緒だったということで「犬猿の仲」説は,ちょっとマユツバなんだが,それにしても,この二人のタッグが今後も見られるかも,という期待を抱かせるようなツーショットだったと思う。三点目は,昨年亡くなった原田芳雄さんが主演男優賞を受賞したこと。代理で娘の原田麻由さんが出席していたが,個人的にはやはり一つの時代が終わった感がしてしまった。

帰りは新橋で寄り道して,上に書いたようなことを反芻したり,カウンターで一緒になったビール好きの面々と語り合ったりで遅くなってしまったので,今日の話がすっかり昨日の話になってしまった。

映画専門の会場ではないので,スクリーンはちょっと小さかったけれど,久々に濃厚な時間を過ごすことができた。やっぱり,映画っていいものですね。

0 件のコメント:

コメントを投稿